2018.09.12 Wednesday

お休みのお知らせ

0

    今週は私の都合によりブログの更新をお休みさせていただきます。

     

    久居新生教会牧師 霤朕心鄂

    2018.09.05 Wednesday

    お休みのお知らせ

    0

      今週は私が日曜日の礼拝で説教をしていないため、ブログの更新をお休みさせていただきます。

       

      久居新生教会牧師 霤朕心鄂

      ※ブログは日曜日の礼拝説教を元に書き起こしています。

      2018.08.22 Wednesday

      お休みのお知らせ

      0

        8/22は私の都合により、ブログ【聖書のはなし】の更新をお休みさせていただきます。

         

        久居新生教会 霤朕心鄂

        2018.08.01 Wednesday

        お休みのお知らせ

        0

          いつも【聖書のはなし】お読みいただきありがとうございます。

          8/1, 8/7, 8/15は牧師の都合(夏期休暇等)により、ブログの更新をお休みさせていただきます。

          これからもよろしくお願いいたします。

           

          久居新生教会牧師 霤朕心鄂

          2018.07.25 Wednesday

          「びっくり漁師」ルカによる福音書5:1-11

          0

            <聖書>

             5:1さて、群衆が神の言を聞こうとして押し寄せてきたとき、イエスはゲネサレ湖畔に立っておられたが、 5:2そこに二そうの小舟が寄せてあるのをごらんになった。漁師たちは、舟からおりて網を洗っていた。 5:3その一そうはシモンの舟であったが、イエスはそれに乗り込み、シモンに頼んで岸から少しこぎ出させ、そしてすわって、舟の中から群衆にお教えになった。 5:4話がすむと、シモンに「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われた。 5:5シモンは答えて言った、「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」。 5:6そしてそのとおりにしたところ、おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった。 5:7そこで、もう一そうの舟にいた仲間に、加勢に来るよう合図をしたので、彼らがきて魚を両方の舟いっぱいに入れた。そのために、舟が沈みそうになった。 5:8これを見てシモン・ペテロは、イエスのひざもとにひれ伏して言った、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。 5:9彼も一緒にいた者たちもみな、取れた魚がおびただしいのに驚いたからである。 5:10シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも、同様であった。すると、イエスがシモンに言われた、「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」。 5:11そこで彼らは舟を陸に引き上げ、いっさいを捨ててイエスに従った。

            口語訳聖書(1954年版) ルカによる福音書5:1-11

             

             「しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」ペテロの言葉には疲労の色がにじんでいる。しかし、同時に彼の言葉にはキリストへの「敬意」が含まれている。

             普通の人が網をおろしてみろと言ったなら、断っていただろう。ペトロはキリストと初対面ではない。前の安息日(金曜の日没から土曜の日没)の朝には、おそらく会堂でキリストの説教を聴き、夕方には自分の家に招待して、姑の病気を癒してもらっていた。翌朝に漁が終わった後も、彼は船を貸してキリストの説教を隣で聴いていた。

             「5:1さて、群衆が神の言を聞こうとして押し寄せてきたとき」とある。ペテロもまた、「神の言」を求め、これを語るイエスを尊敬していたのであろう。

             

             そうは言っても、やはりペトロが「やや気の進まないこと」をしようとしているのは事実である。驚くべき恵みは、気の進まない方角で待っている。

             

             「迷ったら苦しい方を選べ」という言葉を何度か聴いたことがある。私は賛成しない。神が望むなら険しい道を選べばよいし、同じように神が望むなら楽な道を選べばよい。いつでも苦しい方を選べばよいわけではない。

             とはいえ、やはり予想外の恵みは、少し行きたくない方向に待っていることが多い。現状を維持していれば安全だが、リスクのある決断をしなければならない時がある。当然、気は進まない。

             重要なのは、ペテロが気の進まない決断をする前提として、「神の言」を聴いていたということである。聖書、説教、礼拝に基づいて示された道であるならば、少し勇気を出して気の進まない方角を選択してよいのだ。

             

             「5:8主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です

             ペテロはなぜか驚くべき恵みの出来事に立ち会った時、自分が神の前に立ち得ない罪人であることを知った。人に罪を認識させるものは、単なる断罪ではなく裁きを伴った恵みであり、赦しである。

             

             ある小さな教会で連鎖的に洗礼を受ける者がでた。地方の教会としては異例のことであった。その時ある牧師が語ったことを人づてに聞いた。

             「お前は信じていないんだ、と(神さまに)言われた気がした。」

             驚くべき恵みの出来事が起こった時、人はそれが起こり得ることを信じていなかった自分に気付く。

             ペテロは自らの罪深さを知った。同時に彼はキリストが「先生」(5:5)ではなく「主」(5:8)であることを知った。恵みを知る者は罪を知り、罪を知る者は神を知る。

             

             「人間をとる漁師になる」(5:10)ということは、キリストの言葉に従い、気の進まない場所に網を打ち、その都度大漁に驚く漁師になることである。私はこれをびっくり漁師と名付ける。

            久居新生教会牧師 霤朕心鄂

            Calendar
                  1
            2345678
            9101112131415
            16171819202122
            23242526272829
            30      
            << September 2018 >>
            Selected Entries
            Categories
            Archives
            Recent Comment
            Links
            Profile
            Search this site.
            Others
            Mobile
            qrcode
            Powered by
            30days Album
            無料ブログ作成サービス JUGEM