2018.01.24 Wednesday

「当たり前の一日」創世記8:1-22

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    <聖書>

     8:1神はノアと、箱舟の中にいたすべての生き物と、すべての家畜とを心にとめられた。神が風を地の上に吹かせられたので、水は退いた。 8:2また淵の源と、天の窓とは閉ざされて、天から雨が降らなくなった。 8:3それで水はしだいに地の上から引いて、百五十日の後には水が減り、 8:4箱舟は七月十七日にアララテの山にとどまった。 8:5水はしだいに減って、十月になり、十月一日に山々の頂が現れた。

     8:6四十日たって、ノアはその造った箱舟の窓を開いて、 8:7からすを放ったところ、からすは地の上から水がかわききるまで、あちらこちらへ飛びまわった。 8:8ノアはまた地のおもてから、水がひいたかどうかを見ようと、彼の所から、はとを放ったが、 8:9はとは足の裏をとどめる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰ってきた。水がまだ全地のおもてにあったからである。彼は手を伸べて、これを捕え、箱舟の中の彼のもとに引き入れた。 8:10それから七日待って再びはとを箱舟から放った。 8:11はとは夕方になって彼のもとに帰ってきた。見ると、そのくちばしには、オリブの若葉があった。ノアは地から水がひいたのを知った。 8:12さらに七日待ってまた、はとを放ったところ、もはや彼のもとには帰ってこなかった。

     8:13六百一歳の一月一日になって、地の上の水はかれた。ノアが箱舟のおおいを取り除いて見ると、土のおもては、かわいていた。8:14二月二十七日になって、地は全くかわいた。 8:15この時、神はノアに言われた、 8:16「あなたは妻と、子らと、子らの妻たちと共に箱舟を出なさい。 8:17あなたは、共にいる肉なるすべての生き物、すなわち鳥と家畜と、地のすべての這うものとを連れて出て、これらのものが地に群がり、地の上にふえ広がるようにしなさい」。 8:18ノアは共にいた子らと、妻と、子らの妻たちとを連れて出た。 8:19またすべての獣、すべての這うもの、すべての鳥、すべて地の上に動くものは皆、種類にしたがって箱舟を出た。

     8:20ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。 8:21主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。 8:22地のある限り、種まきの時も、刈入れの時も、暑さ寒さも、夏冬も、昼も夜もやむことはないであろう」。

    口語訳聖書(1955年版) 創世記8:1-22

     

     季節も年月も当たり前に過ぎてゆくけれど、それらがどうして「やむことはない」のかと考えることはあまりない。

     一日の生活を当たり前のように享受しているけれど、そこには信じられないほど莫大な神の働きがあるのだなということを、思わされる。

     

    わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。」(8:20)

     「のろう」とは地のために働かないこと、地を見捨てることである。神は大洪水の後、二度とを大地をも人をものろうことがなかった。ただ一人の例外が、神の子イエス・キリストである。

     「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マルコによる福音書15:34)

     人が罪の故に受けなければならなかった神の呪い、棄却はすべてキリストが背負われた。だから、神は人を呪うことはない。裁くことはあっても呪うことはない。悪人にも善人にも日は昇る。

     

     世界を保つために神は日々働かれている。人を救うためにはただ一度、特別な仕方で働かれた。

    神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネによる福音書3:16)

     十字架の死は神の呪いとしての死である。キリストの死に秘められた救いを信じる人は、神が日々働いておられる世界を、信仰において見出す。

    8:21わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。 8:22地のある限り、種まきの時も、刈入れの時も、暑さ寒さも、夏冬も、昼も夜もやむことはないであろう

     

    久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

    2018.01.17 Wednesday

    「どぶ川を生きる」創世記7:1-24

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      <聖書>

       7:1主はノアに言われた、「あなたと家族とはみな箱舟にはいりなさい。あなたがこの時代の人々の中で、わたしの前に正しい人であるとわたしは認めたからである。 7:2あなたはすべての清い獣の中から雄と雌とを七つずつ取り、清くない獣の中から雄と雌とを二つずつ取り、 7:3また空の鳥の中から雄と雌とを七つずつ取って、その種類が全地のおもてに生き残るようにしなさい。 7:4七日の後、わたしは四十日四十夜、地に雨を降らせて、わたしの造ったすべての生き物を、地のおもてからぬぐい去ります」。 7:5ノアはすべて主が命じられたようにした。

       7:6さて洪水が地に起った時、ノアは六百歳であった。 7:7ノアは子らと、妻と、子らの妻たちと共に洪水を避けて箱舟にはいった。7:8また清い獣と、清くない獣と、鳥と、地に這うすべてのものとの、 7:9雄と雌とが、二つずつノアのもとにきて、神がノアに命じられたように箱舟にはいった。 7:10こうして七日の後、洪水が地に起った。

      7:11それはノアの六百歳の二月十七日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、 7:12雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。 7:13その同じ日に、ノアと、ノアの子セム、ハム、ヤペテと、ノアの妻と、その子らの三人の妻とは共に箱舟にはいった。 7:14またすべての種類の獣も、すべての種類の家畜も、地のすべての種類の這うものも、すべての種類の鳥も、すべての翼あるものも、皆はいった。 7:15すなわち命の息のあるすべての肉なるものが、二つずつノアのもとにきて、箱舟にはいった。 7:16そのはいったものは、すべて肉なるものの雄と雌とであって、神が彼に命じられたようにはいった。そこで主は彼のうしろの戸を閉ざされた。

       7:17洪水は四十日のあいだ地上にあった。水が増して箱舟を浮べたので、箱舟は地から高く上がった。 7:18また水がみなぎり、地に増したので、箱舟は水のおもてに漂った。 7:19水はまた、ますます地にみなぎり、天の下の高い山々は皆おおわれた。 7:20水はその上、さらに十五キュビトみなぎって、山々は全くおおわれた。 7:21地の上に動くすべて肉なるものは、鳥も家畜も獣も、地に群がるすべての這うものも、すべての人もみな滅びた。 7:22すなわち鼻に命の息のあるすべてのもの、陸にいたすべてのものは死んだ。 7:23地のおもてにいたすべての生き物は、人も家畜も、這うものも、空の鳥もみな地からぬぐい去られて、ただノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。 7:24水は百五十日のあいだ地上にみなぎった。

       

      口語訳聖書(1955年版) 創世記7:1-24

       

       注解書を読んでいて初めて気付いたのだが、「7:1わたしの前に正しい人」と神から認められた最初の人は、ノアである。そういえばそうだ。アダムとエバの背信、カインの殺人、レメクの復讐の叫び、まあ散々だった。唯一の例外は「エノク」という人で、彼については「 5:22エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。」こう書かれている。ただし、エノクに関してはせいぜい三行か四行しか書かれていないので、詳しいことは分からない。そういうわけで、エノクを例外とすれば、ノアは最初の「正しい人」だったと言える。

       ノアが生きた時代については、次のように言われている。

      6:11時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。 6:12神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。

       聖書で最初の「正しい人」は、暴虐の満ちた時代に生まれた。「正しい」とは「神との関係の正しさ」を言う。神を信じ、神に従う人が旧約聖書で言うところの「正しい人」である。

       楽園に正しい人は生まれなかった。正しい人はどぶ川のような時代に生まれた。

       甲本ヒロトはブルーハーツにいた時、次のような詩を書いた。

      「ドブネズミみたいに 美しくなりたい。」

       ドブネズミは住みかがドブであることに不満を漏らしたりしない。ただひたむきに生きるだけだ。そんな姿を甲本は美しいと言ったのかもしれない。

       失礼な言い方かもしれないが、ある意味で、ノアは美しいドブネズミだった。不正と暴力にまみれた世界のただ中で、ひたむきに神を信じ、信仰に生きた。

       

       新しいものは、きっとどぶ川の中から生まれるのだろう。今私たちが、不正のはびこり、暴力が支配し、無理が通って道理が通らない時代に生きているのだとすれば、それは本当に新しいものが生まれるのを見るためなのだ。信仰というものが、本当のところ何なのかということを、ドブの臭いがし始めているこの時代の中でこそ知るのだ。

       

       今日の箇所にこういう言葉がある。

      7:5ノアはすべて主が命じられたようにした。

       ノアの信仰とは、「神の言葉に従うこと」だった。神ならぬものに従ってはならない。それが国家であれ、権力者であれ、身近な誰かであれ、神ならぬものを拝んではならない。

       神を信じ、神に従うということがどういうことなのか、きっと私たちはこの不正にまみれた時代の只中で知るだろう。その信仰がこの時代を渡る箱舟になる。その信仰が、子どもたち、孫たちの時代の教会の、礎となる。

       

      久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

      2017.12.20 Wednesday

      「救いは成った 希望は在る」創世記5:1-32

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        <聖書>

         5:1アダムの系図は次のとおりである。神が人を創造された時、神をかたどって造り、 5:2彼らを男と女とに創造された。彼らが創造された時、神は彼らを祝福して、その名をアダムと名づけられた。 5:3アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、自分のかたちのような男の子を生み、その名をセツと名づけた。 5:4アダムがセツを生んで後、生きた年は八百年であって、ほかに男子と女子を生んだ。5:5アダムの生きた年は合わせて九百三十歳であった。そして彼は死んだ。

         5:6セツは百五歳になって、エノスを生んだ。 5:7セツはエノスを生んだ後、八百七年生きて、男子と女子を生んだ。 5:8セツの年は合わせて九百十二歳であった。そして彼は死んだ。

         5:9エノスは九十歳になって、カイナンを生んだ。 5:10エノスはカイナンを生んだ後、八百十五年生きて、男子と女子を生んだ。5:11エノスの年は合わせて九百五歳であった。そして彼は死んだ。

         5:12カイナンは七十歳になって、マハラレルを生んだ。 5:13カイナンはマハラレルを生んだ後、八百四十年生きて、男子と女子を生んだ。 5:14カイナンの年は合わせて九百十歳であった。そして彼は死んだ。

         5:15マハラレルは六十五歳になって、ヤレドを生んだ。 5:16マハラレルはヤレドを生んだ後、八百三十年生きて、男子と女子を生んだ。 5:17マハラレルの年は合わせて八百九十五歳であった。そして彼は死んだ。 5:18ヤレドは百六十二歳になって、エノクを生んだ。 5:19ヤレドはエノクを生んだ後、八百年生きて、男子と女子を生んだ。 5:20ヤレドの年は合わせて九百六十二歳であった。そして彼は死んだ。

         5:21エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。 5:22エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。 5:23エノクの年は合わせて三百六十五歳であった。 5:24エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。

         5:25メトセラは百八十七歳になって、レメクを生んだ。 5:26メトセラはレメクを生んだ後、七百八十二年生きて、男子と女子を生んだ。 5:27メトセラの年は合わせて九百六十九歳であった。そして彼は死んだ。

        5:28レメクは百八十二歳になって、男の子を生み、 5:29「この子こそ、主が地をのろわれたため、骨折り働くわれわれを慰めるもの」と言って、その名をノアと名づけた。 5:30レメクはノアを生んだ後、五百九十五年生きて、男子と女子を生んだ。 5:31レメクの年は合わせて七百七十七歳であった。そして彼は死んだ。

         5:32ノアは五百歳になって、セム、ハム、ヤペテを生んだ。

         

        口語訳聖書(1955年版) 創世記5:1-32

         

         聖書で言う「呪い」とは、「神による人間の罪に対する刑罰」のことである。呪術や祟りのことではない。

         レメクは「5:29この子こそ、主が地をのろわれたため、骨折り働くわれわれを慰めるもの」と言った。彼は呪われた地、カインがアベルの血を流し、不毛の地となったところに生きている。

         この箇所についてW・ブルッグマンという人が、次のように述べている。

        「救済が呪われた土地から来るという主張は、新約聖書における十字架の死と復活を容易に思い浮かべさせる。助けが呪いの場所から来るのであれば、生命は死の現実から来るのである。」

         

         呪われた大地に、幼子キリストはお生まれになった。神の怒りと刑罰は、余すことなくこの方の上に望んだ。十字架は呪いの極致である。同時に限りのない赦しである。

        「救済が呪われた土地から来る。」

         すると地は呪われた地であることを止めた。人は呪いから救いへの道を示された。

         公害の原因だった工場がなくなっても、すぐに海がきれいになるわけではない。大地が浄化されるわけでもない。

         だから、私たちは残滓としての世の暗闇に向き合わなければならない。けれどもその時、この暗闇以上に暗い、呪われた地にキリストがお生まれになったことを思う。救いは成った。希望は在る。

         

        5:1アダムの系図は次のとおりである。神が人を創造された時、神をかたどって造り、 5:2彼らを男と女とに創造された。彼らが創造された時、神は彼らを祝福して、その名をアダムと名づけられた。 5:3アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、自分のかたちのような男の子を生み、その名をセツと名づけた。

         神はご自分にかたどって人を創造し、アダムは自分にかたどりセツという息子を得た。

         アダムとエバの楽園追放により、「神のかたち」は損なわれた。けれども、完全に失われてしまったわけではない。たとえ損なわれてしまったとしても、アダムからセツに、そしてすべての人に、「神のかたち」はある。

         キリストの十字架の死と復活は、信ずる者に「神のかたちの回復」をもたらす。「神のかたち」があるから、人は「神との対話」に生きる。それは礼拝、祈り、讃美の生活である。

         

         アダムとセツに「神のかたち」が残されていたのは、やがて呪いの地のただ中で、それを回復する方がお生まれになるためであったのだと思わずにはいられない。

        久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

        2017.12.13 Wednesday

        「復讐なんかやめちまえ」創世記4:17-26

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          <聖書>

           4:17カインはその妻を知った。彼女はみごもってエノクを産んだ。カインは町を建て、その町の名をその子の名にしたがって、エノクと名づけた。 4:18エノクにはイラデが生れた。イラデの子はメホヤエル、メホヤエルの子はメトサエル、メトサエルの子はレメクである。 4:19レメクはふたりの妻をめとった。ひとりの名はアダといい、ひとりの名はチラといった。 4:20アダはヤバルを産んだ。彼は天幕に住んで、家畜を飼う者の先祖となった。 4:21その弟の名はユバルといった。彼は琴や笛を執るすべての者の先祖となった。4:22チラもまたトバルカインを産んだ。彼は青銅や鉄のすべての刃物を鍛える者となった。トバルカインの妹をナアマといった。

          4:23レメクはその妻たちに言った、
          「アダとチラよ、わたしの声を聞け、
          レメクの妻たちよ、わたしの言葉に耳を傾けよ。
          わたしは受ける傷のために、人を殺し、
          受ける打ち傷のために、わたしは若者を殺す。
          4:24カインのための復讐が七倍ならば、
          レメクのための復讐は七十七倍」。

           4:25アダムはまたその妻を知った。彼女は男の子を産み、その名をセツと名づけて言った、「カインがアベルを殺したので、神はアベルの代りに、ひとりの子をわたしに授けられました」。 4:26セツにもまた男の子が生れた。彼はその名をエノスと名づけた。この時、人々は主の名を呼び始めた。

          口語訳聖書(1955年版) 創世記4:17-26

           最初の人アダムとエバの子、カインは弟のアベルを殺した。殺人から始まったカインの家系図は、「レメク」に至ってある意味一つの「完成形」を見る。

          4:24カインのための復讐が七倍ならば、
          レメクのための復讐は七十七倍

           これは「徹底した復讐」の宣言である。殺人から始まったカイン一族の歩みは、「復讐の徹底」に至ってしまう。

           

           おそらく、レメクの言葉を念頭に置いて語られたキリストの言葉がある。弟子のペトロがあるとき、人が自分に罪を犯したら何回まで赦すべきですか、七回までですかと尋ねた。

          わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍するまでにしなさい。」(マタイ18:22)

           これが答えだった。その後で、キリストはたとえを用いて、その「理由」を説明をしている。要点は明確で「あなたも神に赦されたではないか。だから赦すのだ」というものである。

           

           七の七十倍以上に神は人を赦す。その赦しはイエス・キリストの誕生、生涯、十字架と復活によって我が身に及ぶ。

           復讐、憎しみ、怒りに支配されてしまいそうになったら思い出したい。

          「あなたはどこまでも深く赦された。だから赦しなさい。」

           

          久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

          2017.12.06 Wednesday

          「しるし」創世記4:1-16

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            <聖書>

             4:1人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、「わたしは主によって、ひとりの人を得た」。 4:2彼女はまた、その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。 4:3日がたって、カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。 4:4アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。4:5しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。 4:6そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。 4:7正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」。

             4:8カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。4:9主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。4:10主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。 4:11今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。 4:12あなたが土地を耕しても、土地は、もはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。 4:13カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。 4:14あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。 4:15主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。 4:16カインは主の前を去って、エデンの東、ノドの地に住んだ。

            口語訳聖書(1955年版) 創世記4:1-16

             

             この前『エデンの東』という映画を観た。主人公はキャル(ジェームス・ディーン)。非の打ちどころがない好青年、双子の兄弟アロンに比べて、反抗的な自分は父アダムに愛されていないと感じながら育ってきた。

             父が事業に失敗し、財産の大部分を失った時、キャルは価格の高騰しつつあった大豆の生産に投資し、失われた財産と同じ程の金を儲ける。第一次世界大戦が始まり、大豆が高騰したからこその儲けであった。

             父の誕生日、兄のアロンは恋人アブラとの婚約の知らせをプレゼントする。一方キャルは丁寧に包んだ札束をプレゼントする。しかし、父アダムは受け取らない。戦争で儲けた金などいらないと言う。そして、アロンのように清らかなプレゼントをして欲しかったと語る。キャルは家を飛び出した。

             

             キャルの憎しみは兄のアロンへと向かう。当時酒場の営業は恥ずべき仕事と見なされる風潮があったらしい。アロンにとって酒場の店主は最も恥ずべき人物の一人であった。

             キャルは事前に、酒場の店主が父から死んだと教えられていたはずの母だと知っていた。キャルはアロンを母のもとへ連れて行く。アロンは自暴自棄になり出兵する。電車での出発に駆け付けた父アダムに対して、アロンは頭で電車のガラスを割り、気がふれたように痛々しく笑い続ける。アダムはあまりのショックに卒倒する。脳出血であった。

             キャルは精神的な意味で、アロンを殺した。父に破壊的な痛手を負わせた。

             

             アロンの恋人であったアブラも、父の愛に飢えて育った娘だった。アブラは意識があるかないか分からないアダムに、呼びかける。キャルが父の愛を強く求めていたことを伝え、あなたもキャルを愛していないわけではないのでしょうと呼びかける。あの子に「しるし」をください、とアブラは懇願する。それなしには彼が破滅するしかないのですと。

             三人の邪魔をする意地の悪い看護婦にキャルが「出ていけ!」と叫んだ時、アダムの意識が戻ったように見えた。アブラはキャルに赦しを乞うよう促す。キャルの言葉を聞いたアダムが口を開いた。

            「あの看護師を追い出せ」

            「はい」

            「あの看護師は嫌いだ」

            「僕もです、父さん」

            「お前が私の世話をしなさい」

             

             息子の一人であるアロンを破滅させたキャルに、アダムはいつまでも自分の世話をするように命ずる。それがキャルに対する「しるし」であった。創世記のカインに与えられた「しるし」のように。罪を犯してもなお、痛むほどに、父は愛する。

             

             『エデンの東』の原作はジョン・スタインベックによる小説である。映画では見られないシーンの一つに、アダムが息を引き取る瞬間があるそうだ。彼は、

            「ティムシェル」

            と言って息を引き取った。

             「ティムシェル」はヘブライ語で、「あなたは支配せねばならない」、「あなたは支配するであろう」という意味の言葉である。

            4:7正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません。

             「あなたはそれを治めなければなりません」、こう訳されているのが「ティムシェル」という言葉である。

             

             「あなたは支配するであろう」と訳することも可能だが、その場合、今日の聖書の言葉は不思議な響きを帯びてくる。「預言」としての響きだ。

             カインは罪を支配することができなかった。とすると、「支配するであろう」という言葉は、カインの末裔である我々に対して「約束された言葉」ということになってくる。はるか未来にやがて神の独り子イエス・キリストが人の罪を贖い、我々を罪から解放し、我々が罪を支配するようになるのだ。

             

             想像の域を出ないが、アダムが最期に「ティムシェル」と言ったのは、キリストが罪からの解放をもたらしてくださったことへの賛美と、取り返しのつかない罪を犯したウィルが、罪に支配されるのではなく、キリストにあって罪を支配する人として、新しく生きて行くこと願ったからなのかもしれない。

             ともかく、いつかは原作を読みたいと思っている。

            久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

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