2016.08.10 Wednesday

「頑固に礼拝する」 出エジプト記20:1-6

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     神はこのすべての言葉を語って言われた。

     「わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。

     あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。

     あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三四代に及ぼし、わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。

    口語訳聖書(1955年版) 出エジプト記22:1-21

     

     教会は時に致命的な過ちを犯す。久居新生教会が属する日本基督教団は、戦前・戦中、「偶像礼拝」の罪を犯した。

     あろうことか教団の代表者が伊勢神宮に参拝し、天照大神に教団の成立を報告した。また、戦争のために国へ四機の戦闘機を献納した。全ての教会ではないにしても、多くの教会が、日曜日の礼拝の前に「宮城遥拝」(きゅうじょうようはい)として、皇居の方角に拝礼をした。「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない」と命じられている教会にとって、明白な信仰の敗北であった。

     社会が個人の人格と尊厳を軽視し、国家がまるで神のごとく教会に献身と礼拝を求める時、教会は自分の戦うべき時が来たことを悟らねばならない。

     教会はただイエス・キリストにおいて啓示された、三位一体の神のみを礼拝する。王も、国家も、この世のいかなる権力も拝まない。我々にとっての信仰の戦いとは、ただ唯一の神のみを礼拝し続けるという戦いなのだ。

     「あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。

     これはイスラエルの民(旧約聖書の民)に語られた神の言葉である。エジプトで抑圧されていた民を神は導き出し、紅海を真っ二つに裂いてファラオの軍勢から逃れさせた。その後で今日の言葉は語られた。出エジプトの救済を前提に、今日の言葉は語られている。

     我々はイエス・キリストにおける救済を土台にして、今日の神の言葉を理解する。救済なればこそ倫理は可能となり、信仰の戦いはその根拠を得る。キリストの救いに基づいて、キリストを礼拝し続ける、これが我々の信仰における戦いである。

    久居新生教会牧師 霤朕心鄂