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2017.03.15 Wednesday

「果てしなく長い階段」マルコによる福音書15:42-47

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    <聖書>

      15:42さて、すでに夕がたになったが、その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、 15:43アリマタヤのヨセフが大胆にもピラトの所へ行き、イエスのからだの引取りかたを願った。彼は地位の高い議員であって、彼自身、神の国を待ち望んでいる人であった。 15:44ピラトは、イエスがもはや死んでしまったのかと不審に思い、百卒長を呼んで、もう死んだのかと尋ねた。 15:45そして、百卒長から確かめた上、死体をヨセフに渡した。 15:46そこで、ヨセフは亜麻布を買い求め、イエスをとりおろして、その亜麻布に包み、岩を掘って造った墓に納め、墓の入口に石をころがしておいた。 15:47マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、イエスが納められた場所を見とどけた。

    口語訳聖書(1954年版) マルコによる福音書15:42-47

     三十三歳で死んだ兄が火葬にふされた時、外の立ち昇る煙がやけに黒かったことを覚えている。人間を焼くと、とても黒い煙が出るようだ。

     キリストの生きたあの時代、あの土地では土葬・火葬は行わず、遺体はただ岩を削って作った墓に安置された。墓に遺体を納め、岩でふたをする時、それは生者と死者が分かたれる時である。我々にとってみれば火葬・納骨の時であり、とりわけ火葬の時の感覚に近いだろう。叫び出したくなるような、つらい、別れの時だ。

     

     古代から受け継がれているキリスト教会の信仰の要諦、使徒信条にはこう書かれている。

    「主は聖霊によりてやどり、処女マリアより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまえり。」

     「死にて葬られ」とは、キリストがあの「黒い煙」になられたということである。こんなところにまで、イエスという方は来てくださった、果てしなく長い階段を下り続けて、来てくださったんだな、と思う。まさか、葬りまでその身に受け入れられたとは。

     

     自分もいつか死ぬ。平和な時代であれば、火葬だろう。私も黒い煙になるのだ。その時まで、イエスという方の死を、先に逝った者たちの死を見つめ続ける。自分の番が来たら、わが主イエスは黒い煙となってくださったということを、思い出す。

     

    久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

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