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2017.07.19 Wednesday

「当たり前の一日」テサロニケ人への第一の手紙4:1-12

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    <聖書>

     4:1最後に、兄弟たちよ。わたしたちは主イエスにあってあなたがたに願いかつ勧める。あなたがたが、どのように歩いて神を喜ばすべきかをわたしたちから学んだように、また、いま歩いているとおりに、ますます歩き続けなさい。 4:2わたしたちがどういう教を主イエスによって与えたか、あなたがたはよく知っている。 4:3神のみこころは、あなたがたが清くなることである。すなわち、不品行を慎み、 4:4各自、気をつけて自分のからだを清く尊く保ち、 4:5神を知らない異邦人のように情欲をほしいままにせず、 4:6また、このようなことで兄弟を踏みつけたり、だましたりしてはならない。前にもあなたがたにきびしく警告しておいたように、主はこれらすべてのことについて、報いをなさるからである。 4:7神がわたしたちを召されたのは、汚れたことをするためではなく、清くなるためである。 4:8こういうわけであるから、これらの警告を拒む者は、人を拒むのではなく、聖霊をあなたがたの心に賜わる神を拒むのである。

     4:9兄弟愛については、今さら書きおくる必要はない。あなたがたは、互に愛し合うように神に直接教えられており、 4:10また、事実マケドニヤ全土にいるすべての兄弟に対して、それを実行しているのだから。しかし、兄弟たちよ。あなたがたに勧める。ますます、そうしてほしい。 4:11そして、あなたがたに命じておいたように、つとめて落ち着いた生活をし、自分の仕事に身をいれ、手ずから働きなさい。 4:12そうすれば、外部の人々に対して品位を保ち、まただれの世話にもならずに、生活できるであろう。

    口語訳聖書(1954年版) テサロニケ人への第一の手紙4:1-12

     あと四十六年生きるとしたら、自分に残されている日々は一六七九〇日である。意外と少ない印象を受ける。あるいは今日か明日、何かが起こって死ぬこともあり得なくはない。長くて四六年、早ければ今日、ずいぶん限られた時間だ。

     

     聖書は歴史にも初めと終わりがあると教える。神の創造によって世界ははじまり、「終末」によって歴史の幕が降ろされる。

     パウロの倫理的な勧告は、贖罪と聖霊の内住と終末待望に基礎を置いている。最後の一つがキリスト者の生き方全体を調和させるのだと思う。

     

     イエス・キリストがお生まれになってから、二千年以上の時が過ぎた。まだ終末は来ていない。明日来るのかもしれないし、何万年後かに来るのかもしれない。

     生きている間に終末が来ないとしても、人生の終末(死)は必ずやって来る。人生の終末を迎えた者は眠りに就き、歴史の終末に再び起こされて、神の前に立つ。個人の終末は歴史の終末にまっすぐ繋がっている。

     

     八十年生きたとしても、人生に与えられた日々は三万日を数えない。手帳に「16790 or 0」と書いてみた。当たり前の一日を、当たり前に仕事をして、当たり前の言葉を語り、人生最後の日になっても悔いのないように、生きてみたいのだ。

    久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

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