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2017.08.30 Wednesday

「媚びず侮らず」テサロニケ人への第一の手紙5:12-15

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    <聖書>

    5:12兄弟たちよ。わたしたちはお願いする。どうか、あなたがたの間で労し、主にあってあなたがたを指導し、かつ訓戒している人々を重んじ、 5:13彼らの働きを思って、特に愛し敬いなさい。互に平和に過ごしなさい。 5:14兄弟たちよ。あなたがたにお勧めする。怠惰な者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。 5:15だれも悪をもって悪に報いないように心がけ、お互に、またみんなに対して、いつも善を追い求めなさい。

    口語訳聖書(1954年版) テサロニケ人への第一の手紙5:12-15

     

     「労し、指導し、訓戒している人々を重んじる。」「重んじる」というギリシャ語の基本的な意味は「知る」である。テサロニケの教会の人々へ手紙を書いたパウロは、教会のために労苦している人をまず知って欲しいと述べているのだ。

     ある聖書学者は「労する」という言葉に、「自分を使い果たす」というほどの強い意味があると言っている。そういう人のことを忘れてはいけない。目をそらしてもいけない。まず、知らなければならない。

     

     パウロはそのような人が「主にあって」労苦しているのだと語る。「主にある」という言葉には多くの意味合いがあるが、ここでは「ある種の権威」が存在することを表している。その権威はキリストの権威に基づくもので、キリストに従うが故に負った責任の重さと相関関係にある。

     

     私はキリストの権威と自分の権力をはき違えている人間を好きになれない。また、そのような偽りの権威にすり寄る人間も、あまり好きになれないことが多い。そして、自分の中にも存在する権力を欲しがる傾向を警戒している。しかしまた同時に、すべての権威を否定するつもりもさらさらない。やはり、キリストの権威に基づく権威というものは存在するのだ。

     役員、教区常置委員、教団総会議員、教団常議員など、教会会議によって選出される職務には一定の限定的な権威がある。その人に権威があるというより、その職務に権威がある。

     その権威に払う敬意が大きすぎず、小さすぎないこと。権威にこびを売らず、かつ権威をあなどらないこと。それが肝要なことと思う。

     

    久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

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