<< 「お休みのお知らせ」 | main | 「当たり前の一日」創世記8:1-22 >>
2018.01.17 Wednesday

「どぶ川を生きる」創世記7:1-24

0

    <聖書>

     7:1主はノアに言われた、「あなたと家族とはみな箱舟にはいりなさい。あなたがこの時代の人々の中で、わたしの前に正しい人であるとわたしは認めたからである。 7:2あなたはすべての清い獣の中から雄と雌とを七つずつ取り、清くない獣の中から雄と雌とを二つずつ取り、 7:3また空の鳥の中から雄と雌とを七つずつ取って、その種類が全地のおもてに生き残るようにしなさい。 7:4七日の後、わたしは四十日四十夜、地に雨を降らせて、わたしの造ったすべての生き物を、地のおもてからぬぐい去ります」。 7:5ノアはすべて主が命じられたようにした。

     7:6さて洪水が地に起った時、ノアは六百歳であった。 7:7ノアは子らと、妻と、子らの妻たちと共に洪水を避けて箱舟にはいった。7:8また清い獣と、清くない獣と、鳥と、地に這うすべてのものとの、 7:9雄と雌とが、二つずつノアのもとにきて、神がノアに命じられたように箱舟にはいった。 7:10こうして七日の後、洪水が地に起った。

    7:11それはノアの六百歳の二月十七日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、 7:12雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。 7:13その同じ日に、ノアと、ノアの子セム、ハム、ヤペテと、ノアの妻と、その子らの三人の妻とは共に箱舟にはいった。 7:14またすべての種類の獣も、すべての種類の家畜も、地のすべての種類の這うものも、すべての種類の鳥も、すべての翼あるものも、皆はいった。 7:15すなわち命の息のあるすべての肉なるものが、二つずつノアのもとにきて、箱舟にはいった。 7:16そのはいったものは、すべて肉なるものの雄と雌とであって、神が彼に命じられたようにはいった。そこで主は彼のうしろの戸を閉ざされた。

     7:17洪水は四十日のあいだ地上にあった。水が増して箱舟を浮べたので、箱舟は地から高く上がった。 7:18また水がみなぎり、地に増したので、箱舟は水のおもてに漂った。 7:19水はまた、ますます地にみなぎり、天の下の高い山々は皆おおわれた。 7:20水はその上、さらに十五キュビトみなぎって、山々は全くおおわれた。 7:21地の上に動くすべて肉なるものは、鳥も家畜も獣も、地に群がるすべての這うものも、すべての人もみな滅びた。 7:22すなわち鼻に命の息のあるすべてのもの、陸にいたすべてのものは死んだ。 7:23地のおもてにいたすべての生き物は、人も家畜も、這うものも、空の鳥もみな地からぬぐい去られて、ただノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。 7:24水は百五十日のあいだ地上にみなぎった。

     

    口語訳聖書(1955年版) 創世記7:1-24

     

     注解書を読んでいて初めて気付いたのだが、「7:1わたしの前に正しい人」と神から認められた最初の人は、ノアである。そういえばそうだ。アダムとエバの背信、カインの殺人、レメクの復讐の叫び、まあ散々だった。唯一の例外は「エノク」という人で、彼については「 5:22エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。」こう書かれている。ただし、エノクに関してはせいぜい三行か四行しか書かれていないので、詳しいことは分からない。そういうわけで、エノクを例外とすれば、ノアは最初の「正しい人」だったと言える。

     ノアが生きた時代については、次のように言われている。

    6:11時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。 6:12神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。

     聖書で最初の「正しい人」は、暴虐の満ちた時代に生まれた。「正しい」とは「神との関係の正しさ」を言う。神を信じ、神に従う人が旧約聖書で言うところの「正しい人」である。

     楽園に正しい人は生まれなかった。正しい人はどぶ川のような時代に生まれた。

     甲本ヒロトはブルーハーツにいた時、次のような詩を書いた。

    「ドブネズミみたいに 美しくなりたい。」

     ドブネズミは住みかがドブであることに不満を漏らしたりしない。ただひたむきに生きるだけだ。そんな姿を甲本は美しいと言ったのかもしれない。

     失礼な言い方かもしれないが、ある意味で、ノアは美しいドブネズミだった。不正と暴力にまみれた世界のただ中で、ひたむきに神を信じ、信仰に生きた。

     

     新しいものは、きっとどぶ川の中から生まれるのだろう。今私たちが、不正のはびこり、暴力が支配し、無理が通って道理が通らない時代に生きているのだとすれば、それは本当に新しいものが生まれるのを見るためなのだ。信仰というものが、本当のところ何なのかということを、ドブの臭いがし始めているこの時代の中でこそ知るのだ。

     

     今日の箇所にこういう言葉がある。

    7:5ノアはすべて主が命じられたようにした。

     ノアの信仰とは、「神の言葉に従うこと」だった。神ならぬものに従ってはならない。それが国家であれ、権力者であれ、身近な誰かであれ、神ならぬものを拝んではならない。

     神を信じ、神に従うということがどういうことなのか、きっと私たちはこの不正にまみれた時代の只中で知るだろう。その信仰がこの時代を渡る箱舟になる。その信仰が、子どもたち、孫たちの時代の教会の、礎となる。

     

    久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

    コメント
    コメントする








     
    Calendar
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    3031     
    << August 2020 >>
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM