<< お休みのお知らせ | main | 「大貧民」ルカによる福音書1:46-56 >>
2018.02.28 Wednesday

「祝福の正体」ルカによる福音書1:39-46

0

    <聖書>

     1:39そのころ、マリヤは立って、大急ぎで山里へむかいユダの町に行き、 1:40ザカリヤの家にはいってエリサベツにあいさつした。1:41エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、その子が胎内でおどった。エリサベツは聖霊に満たされ、 1:42声高く叫んで言った、「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。 1:43主の母上がわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄でしょう。 1:44ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳にはいったとき、子供が胎内で喜びおどりました。1:45主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」。 

    口語訳聖書(1954年版) ルカによる福音書1:39-46

     

     二人の女が喜んでいる。しかし、福音書記者ルカは、二人の子の将来を知っている。エリサベツの子、洗礼者ヨハネは、何の罪もなく悪しき王に首をはねられ、マリヤの子、イエスは十字架刑で死ぬ。二人の母が経験したことは、不幸という次元を超えている。

     それでもなお、ルカはエリサベツを通して、マリヤと胎児イエスへの祝福を語る。聖書が伝えようとしてる祝福とは一体何なのか。みぞおちのあたりが圧迫されるような感触がある。

     

    1:45主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう

     マリヤが信じたことの一つは、イエスの受胎。もう一つは以下の天使の言葉である。

     1:32彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、 1:33彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」(ルカによる福音書1:32-33)

     つまり、イエスという方がやがて神の国の来る時、王座に座られるということである。マリヤには、キリストに与えられる冠がいばらであり、王座が十字架であるなど、知るよしもなかっただろう。

     マリヤは神の言葉によって起こったこと(受胎)、今起こっていること(妊娠)、これから起こること(イエスの王権)を信じた。彼女の想像を超えた仕方で、それは実現した。だからこそ、彼女の心は「引き裂かれた」(ルカによる福音書2:35)。

     

     新約聖書には使徒言行録(使徒行伝)という書物があるが、これもルカが書いたものである。キリストの十字架と復活の出来事の後のマリヤに関連して、彼はこう綴っている。

    1:14彼らはみな、婦人たち、特にイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちと共に、心を合わせて、ひたすら祈をしていた。」(使徒行伝1:14)

     意地悪なインタビュアーがその場にいて、「あなたは今でも自分を『女の中で祝福された人』だと思いますか?」と尋ねたとしたら、彼女は何と答えただろうか。答えは「心を合わせて」という言葉の中にある気がする。彼女の心は、我が子を失ってなお、人に向かって開かれていたのだ。

     

    1:45主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう

     神の言葉を信じたが故の悲しみ、耐え難い離別、病、死。例の意地悪なインタビュアーが「あなたはそれでも、神の言葉を信じたことを後悔していませんか」と聞いたならば、たぶん私はこう答える。「もちろん。」

     本当の喜びには悲しみの結晶が秘められており、悲しみの最深部には本当の祝福が隠されている。

     

    久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

    コメント
    コメントする








     
    Calendar
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    3031     
    << August 2020 >>
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM