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2018.05.02 Wednesday

「慰めの抱擁」マタイによる福音書5:4

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    <聖書>

    5:4悲しんでいる人たちは、さいわいである、
    彼らは慰められるであろう。

    口語訳聖書(1954年版) マタイによる福音書5:4

     慰められる「であろう」とわざわざ訳されているのは、原文のギリシャ語が「未来形」で書かれているからである。この未来形が意味するところは、将来、「歴史の終末」において、悲しんでいる人々が真正な慰めを受けるということだ。

     聖書における「終末」は、確かに恐ろしい裁きの時でもあるが、同時に神がすべての涙をぬぐい去ってくださる慰めの日でもある。

     

     旧約聖書には、やがて起こるメシア(キリスト)の到来において、贖い(救済)と終末が共に実現すると書いてある。贖いと終末はセットなのである。だから、キリストが「彼らは慰められるであろう」と言われた時、ほぼ間違いなく、「贖いと終末」の両方を念頭に置いていた。終末だけではないのだ。

     「贖い」とはキリストの誕生、十字架と復活における「罪の贖い」のことである。

    5:4悲しんでいる人たちは、さいわいである、
    彼らは慰められるであろう。

     涙の国の悲しみを知る人は、やがて十字架のキリストに出会う。悲しみは贖いの内に置かれ、涙は慰めの抱擁を受ける。

     

     「悲しんでいる人たち」と聞く時、思い浮かぶ顔がある。彼らはいつか十字架のイエスにお会いするだろう。もしくは、その悲しみは既に贖いの内に置かれているであろう。

     十字架あればこそ、終末は希望となる。すべての涙が拭われる日まで、生きてゆく。

     

    久居新生教会 牧師 霤朕心鄂

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